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谷山雄二朗氏の講演に感動

谷山雄二朗氏。恥ずかしながらこの方のことは知りませんでした。


2011年の都知事選に出ていたんだそうです。


その方が制作した「スコッツボロガールズ」という映画。それは1931年に起きた「スコッツボロボーイズ」という事件をもじったタイトルになっています。





スコッツボロボーイズ事件とは・・・・


1930年代のアラバマ州。

9人の10代の若い黒人男性達は汽車に乗って新境地へ仕事探しに旅立とうとしていた。


しかし彼らは車内で白人女性2人をレイプしたという証言のもとにその場で不当にも逮捕されてしまう。


初審では有罪判決を受け、死刑執行直前に、初審での弁護士がちゃんとした仕事をしていなかったということが判明。再審となり、北部ヨークからやってきた弁護士の助けの下、レイプが実は架空であったことまで暴かれるにもかかわらず、彼らは黒人種差別という高いハードルをなかなか超えることができないまま裁判が何度も繰り返され、そのたびに有罪宣告。 この9人の少年たちの不名誉な審議事件は、その後の人権問題・人種差別解放運動の波に大きな影響を及ぼすこととなる。


・・・・・というもの。ミュージカルにもなっています。


この状況が今の日本だというわけです。証拠もないのに事実だとして烙印を押されていく。


これが「スコッツボロガールズ」の予告です。テーマは慰安婦問題。



https://www.youtube.com/watch?v=OgGxbSxsJS4


ちなみにDVDは一枚3000円で購入可能です。




製作者である谷山氏の講演の動画を今日初めて見ました。


先月ワシントン大学にて行われたもの。これは今までに見たり聞いたりした中でおそらく、アメリカ人を説得させられたものになっていると思います。


私のブログのテーマが「偉大な日本人」となっていますが、そう言わざるを得ない見事な講演です。







自分の生い立ちに始まり、第二次世界大戦におけるソ連兵の蛮行、あるいは慰安婦の証言の変遷、歴史研究家の証言を紹介することによって、日本の置かれた立場がよくわかる内容となっています。


まさにこれはスコッツボロガールズだと聴衆も感じていたことでしょう。


https://www.youtube.com/watch?v=OgGxbSxsJS4


アメリカ人に納得してもらうには、日本人の証言などは弱い。韓国側が日系人を利用したのはうまいことやったなと思いました。(マイク・ホンダ)


韓国人や欧米人が過去にしたことを紹介するというのがポイントだし、これくらい流暢な英語でないと聞いている方も理解できないのではないでしょうか。


とにかく、感動してしまいました。


政治家でこれくらいのことを言う人が今までいなかったことが悔やまれます。

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中村修二さんがノーベル物理学賞受賞!!

青色発光ダイオードの発明で中村修二さんがノーベル賞を受賞されました!!


以前から最もノーベル賞に近いと言われていましたが、やっと取れましたね。


この方がいわゆる旧帝大とかではなく徳島大学出身で、しかも四国の企業からすごい発明をしたということは、いろんな意味で国民に希望をもたらすのではないでしょうか。


これで、ノーベル平和賞はなくなったかな。



日本が開発した薬がエボラに効く!!

日本開発の薬投与、エボラ熱治る=リベリアで感染の看護師―仏

時事通信 10月5日(日)12時6分配信

  • 【パリAFP=時事】西アフリカのリベリアでエボラ出血熱に感染したものの、富士フイルムホールディングス傘下の富山化学工業が開発したインフルエンザ治療薬「ファビピラビル(商品名アビガン)」をフランスで投与されていた仏人看護師が治癒していたことが分かった。
     トゥーレーヌ仏保健相が4日、声明を出し「治療は成功し退院した」と発表した。
     アビガンは、日本では3月にインフルエンザ治療薬として製造販売許可を得ている。フランスでは未承認薬だが、エボラ熱の治療のため保健相は他の二つの未承認薬と共に使用を認めていた。
     看護師は、国際医療支援団体「国境なき医師団」の一員としてリベリア入りした。フランス人初のエボラ熱感染者で、9月19日にパリ郊外の軍病院へ空路搬送されていた。 

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141005-00000025-jij-eurp

日本人ってすごいね。この薬を開発した人の名前が知りたいですね。

エイズの治療薬も日本人が開発したって知ってましたか?

熊本大学の満屋裕明教授。あまり注目されませんでしたが・・・。

HIV患者はその薬を飲んでいれば、エイズを発症せずにすむのです。

だから川田龍平さんも亡くなっていないでしょ。

ノーベル賞の季節ですが、このような方々にも与えてほしいものですね。

ワールドトレードセンタービルを建てたのは日系人

今日は9月11日。


13年前、テロによって、かつて世界一の高さを誇ったワールドトレードセンタービルが崩れ落ち、たくさんの犠牲者を出した日です。


さて、このワールドトレードセンタービルって誰が建てたかご存知ですか。


その設計は日系2世の「ミノル・ヤマサキ」


ミノルの父はアメリカで一旗揚げようとしましたが、生活は極貧。当時は日本人に対する差別が激しく、いつも我慢を強いられていました。日本人がアメリカで成功するのは夢のまた夢。


高校のころからミノルは建築家を志すのでした。そして、ワシントン大学の建築学科に進学。そこで彼は成績はトップクラス。しかし、ここでも差別の壁が・・・。


日本人だからという理由で、なかなか就職が決まらないのでした。


そこで、人種差別が少ないといわれるニュー・ヨークに望みをかけました。でも、そこでもミノルを受け入れてくれる建築事務所はなかったのです。


仕方なく陶器を梱包する仕事に就くも、建築への気持ちは強かったミノル。


ある建築会社の面接でチャンスが。


「今度、商業ビルのデザインコンペがあるのだが、それに応募して勝つことができれば雇ってやる。」


というもの。


ミノルはそのコンペで見事優勝、念願の建築事務所に就職。


そこからため込んでいた才能が開花。


アメリカ・セントルイス空港、デトロイト・アルミニウム会社などを建て、その後世界中を旅行し、文化を吸収していきました。


ミノルのデザインの根底にあるのは差別への抵抗、幼少のころから威圧感を受けたからこそ、威圧感を与えない人にやさしい建物を生み出そうとしたのです。


そして1962年、ミノルが50歳の時、予算1000億円、ビルの高さ528mの巨大ビルの建築計画のコンペに参加。最終選考で、「日本人だからダメ」という選考委員の意見をはねのけ、見事ミノルのデザインが採用されたのです。


そのおかげで、TIMEにも特集記事が組まれ、ミノルは日系人初のTIMEの表紙を飾ることになります。


1966年から工事が始まり、7年の歳月をかけて完成しました。それが、ワールドトレードセンタービルなのです。


外壁の支柱はイスラム建築を思わせるような趣を取り入れました。


「貿易センタービルを通じて世界平和を訴えたい。日本人だからと言って差別などない平和な国になってほしい」


しかし、2001年9月11日、それはあっけなく崩れます。破壊したテロリストはイスラム過激組織。何とも皮肉な運命です。



この話、実は長い間知りませんでした。今年になって知ったことなので、今日は9.11にちなんで書きました。






「ビーバップ・ハイヒール」が教えてくれた世界から愛される日本人

関西テレビで、木曜日の夜11:17~放送されている「ビーバップ・ハイヒール」という私のお気に入りの番組があります。


この番組は、一人の研究家(ゲスト)を招いて一つのテーマで、賢い人と凡人がトークするというもので、結構な長寿番組。


今回のゲストは、日本史研究家・白駒妃登美さん。2回目の登場。

世界で活躍した偉人発掘をしている方です。


昨日は、「世界から愛されるニッポン人」というテーマで、今まであまりスポットの当たらなかった素晴らしい日本人を紹介してくれました。



「どうして日本人は尊敬されるとお思いですか?」

というMCのハイヒール・リンゴの質問に


「日本人の労働感が大きく影響していると思います。


ビジネスはビジー(忙しい)からきていますし、フランス語で仕事って意味にトラバーユという言葉がありますが、トリバリアーレ(拷問)が語源なんです。


彼らは、バカンスを楽しむために仕方なく働いているんですね。それに比べて、日本人の働くは『傍の人を楽にする』が語源と言われている。そういう労働感を日本人は引き継いできたので、日本人にとっては、労働が幸福なんです。」


今日は、そのうちの二つを紹介します。(長いので、読みづらいかも・・・)



「インドを救った緑化の父」ー杉山龍丸ー

インドでは無計画な森林伐採が行われ、砂漠化が進んでいました。


長年の干ばつで、500万人の人達が飢餓に苦しんでいました。


そこで、杉山は、根が深く、地下水を引き揚げることができ、水の少ない土地でも育ちの早いユーカリの木を植えることを提案します。


ところが、日本政府は協力を拒否。


杉山は、自分の全財産を売り払い、植林費用を捻出。


3万本のユーカリの木を植え、インドを緑あふれる大地に変え、人々を飢饉から救ったのです。


彼は「グリーン・ファーザー」・・・「緑化の父」と呼ばれているそうです。




続いては、


「地雷除去に挑む日本人」ー雨宮清ー


地雷は世界で90カ国に埋められ、その数1億個以上。


雨宮が、地雷除去に取り組むきっかけとなったのは、1994年。

企業の発展を探るべくカンボジアに行ったとき、地雷で手足を失った子どもたちに出会うのです。


戦争が終わっても平和とほど遠い生活を強いられていました。


片足を失った女性がこう言いました。


「あなたは日本人ですよね。私たちの国を助けてください。」


雨宮は、こう思いました。


「何やってるんだ。我々は儲けだけでいいんだろうか?

技術屋の俺にできることは、地雷除去の機械を作ることだ。」


しかし、現実は厳しいものでした。


実際に現地に行くと、地雷を探すために熱帯雨林の木を手作業で伐採していかなければならないのです。


1平方メートルの安全地帯をつくるのに約2時間。地雷除去には1000年かかっても不可能と言われていました。


そんなとき、思いついたのが耕耘機。ドラム式のカッターで木々を伐採しながら地雷を爆発させようと試みたのです。


しかし、試作品は1000度を超える熱風に耐え切れず、カッターがぼろぼろに・・・。


衝撃を吸収する柔らかさも必要だったのです。


とうとう開発費は、9億5000万円までふくれあがりましたが、4年かけて1号機が完成。


テストは正に命がけ。雨宮自身がその役を引き受け、結果は成功。


その後改良を加え、この機械はカンボジアだけでなく、世界8カ国で使われています。


その数108台。


その開発費9億5000万円はまだ回収できていません。しかも、雨宮は地雷の音によって、右耳の聴力を失っていたのです。


しかし、彼は言います。


「地雷原に行ってそこが復興されて、住んでいる人の笑顔を見たらほっとしますね。


それが、私のきこえない耳にきこえて来てるんです。


だから、やめられない。」



本当にすごいですね!!


どこかの国の人みたいに、パクって楽しようなんて精神じゃあない!!


ヾ(@^▽^@)ノ




そのほかのいい話はは、また後日・・・。









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