「SONGS」にレッド・ツェッペリン
先週の土曜のNHKの音楽番組「SONGS」にレッド・ツェッペリンのジミー・ペイジが出演していました。
ジミー・ペイジは我々の世代では三大ギタリスト(ほかにはジェフ・ベック、エリック・クラプトン)の一人で、神様的存在。
ハード・ロックの中で頂点に立つのは誰が何と言おうとレッド・ツェッペリンでした。
そのジミーがNHKの音楽番組に出るなんて夢のよう。
かつて来日してライブをやった日本武道館に彼がやってきてインタビューに答えていたのです。
もちろん、ジミーはもうおじいさんになっています。70歳になって、髪は全部真っ白でした。
↓
昔はこんなにかっこよかったのにな~・・・。
私が初めてレッド・ツェッペリンの音楽を聴いたのは、小学生の時。ラジオから流れてきたインパクトのある曲「移民の歌」でした。
しかし、そのあと、彼らの音楽をいろいろ聞くようになったのは、高校生の頃。「プレゼンス」というアルバムをこれまたラジオで聞いてからです。ラジオは全曲流しませんから、そのアルバムを買った友達に貸してもらって聞いて、そのすごさを実感しました。
次のアルバムは、ライブ盤の二枚組でした。日本でのタイトルは「レッド・ツェッペリンライブ 永遠の詩」。原題は「The song remains the same」・・・同名の映画のサウンドトラックです。この映画はレッド・ツェッペリンのライブ映像で構成されている映画で、当時私の地方では上映されてなかった。
このサウンドは本当に度肝を抜かれたと言っていいくらい、ヘビーでド迫力。あまりの出来の良さにこれは、買いました。(当時はレコードは定価売り、3800円した)ベスト盤と言えるラインナップなのです。
「SONGS」では、その中にも入っていた彼らの代表曲「天国への階段」をメインに作っていました。今聞いても、名曲ですね。
彼らはドラムのジョン・ボーナムがなくなって以後解散しました。ところが、最近何とボーナムの息子がドラムを担当して再結成したんです。びっくりしました。ボーカルのロバート・プラントもすっかり年を取っていましたが、声はまだ健在。70になってもライブができるんですよ。すごいですね。
あ~、こんなの聞いたら、昔を思い出しました。音楽に関しては、後になるほどいいというものではありません。
今でも私の中では、ハードロックの神様はレッド・ツェッペリン。
プログレッシブ・ロックの神様はピンク・フロイド。(アルバム「狂気」は最高傑作)
多分、一曲が十分以上もするものなんて今は絶対つくらないものね。若い人がレッド・ツェッペリンの音楽を聴いたら、どう思うのかなあ・・・。
※10月31日(金)1:30から再放送があるので、ご覧になりたい方はどうぞ。ちなみに次の回は中島みゆきです。
大瀧詠一が大好きだったP・エバリーも亡くなる
今日の新聞に、これまた偶然かと思うくらいなのですが、エヴァリー・ブラザーズの弟の方、フィル・エヴァリーの訃報記事が載っていました。
大瀧詠一はエヴァリー・ブラザーズのファンでした。
大瀧詠一が亡くなったときに、昔私が録音していたテープが残っていないか探しました。
1981年くらいだったと記憶しているのですが、NHKFMの番組「サウンド・ストリート」で山下達郎がレギュラーでDJをしていまして、大瀧詠一がゲストで出演したことがあるのです。
そのとき、エヴァリー・ブラザーズを絶賛していまして、二人がアコースティクギター一本で彼らの曲をハモって歌っていたのです。
「Cathy’s Clown」「When Will I Be Loved」「All I Have To Do Is Dream」「Crying In The Rain」などだったと記憶しています。
それを当時番組を丸ごと録音していて、編集したのが残っていたらいいなあなんて思っていました。
断捨離を進めていた私はここ2年でテープ類はほとんど捨てたのです。
でも保管していたものの中に大瀧詠一・山下達郎とラベルを貼ったものが一本あり、曲目を見ると「All I Have To Do Is Dream」の曲が残されていたのです。
この曲は名曲ですね。聴くと、大瀧氏がメイン・ヴォーカルでした。
二人のハーモニーは最高でした。
エヴァリー・ブラザーズは海外のアーティストの中でも偉大だと思いますが、日本ではそれほど取り上げられることがありませんね。若い人達にも聴いてほしいです。
・・・・・ところで、
私は何故かアーティストが亡くなる少し前にアルバムを買っていたということがあるのです。
時期としては、もう盛りを過ぎているその人のアルバムを・・・。
「スリラー25周年記念盤」をマイケル・ジャクソンの亡くなる前年に、そしてエヴァリー・ブラザーズのベスト盤も一年半前に購入しました。
これは、虫の知らせだったのでしょうか。
大瀧詠一とエヴァリーが天国でハモっていたりして・・・。
我が青春の大瀧詠一
先ほど、ニュースで大瀧詠一が急死したことを報じていました。
早すぎる。まだ65歳。
彼は一生「ロング・バケイション」を背負って生きていたように思います。
私が彼の音楽を聴いたのは1981年の春。一年後輩の子が「ロング・バケイション」のLPを買ったというので、カセットに録音してもらったのが最初。
それまでは、洋楽一直線。歌謡曲も聴くけど、何となく邦楽をバカにしていた私。
しかし、この「ロング・バケイション」は違いました。
全曲駄作がない。
松本隆の詞がまたいいんです。間もなく失恋した私は、その詞の内容と自分を重ね合わせ、夜ごとにこのアルバムを聴いてはまた涙する、・・・という青春を送っていました。
夏には空前の大ヒットアルバムになっていました。
そして、帰省して同級生に会うとみんなこの「ロング・バケイション」のアルバムを聴いて絶賛していたのでした。
その後、松田聖子の「風立ちぬ」の曲提供、ナイアガラ・トライアングルでの活動、ラッツ・アンド・スターのアルバムプロデュースなどを経た後に1984年の春、「イーチ・タイム」というアルバムを出しました。
期待を背負った彼は評価に苦しんだと思います。
「ロング・バケイション」と同じ。焼き直し。・・・などという声が聞かれました。
私も、ロング・バケイション以後、「CM Special」のアルバムやラッツ・アンド・スターのアルバム「ソウル・バケイション」を買っては聴き、次のアルバムを心待ちにしたのです。
「イーチ・タイム」は普通のLPの他、30cmシングル(限定盤)まで買ったのですが、結果は「ロング・バケイション」みたいに繰り返し聴くことがありませんでした。
吉田拓郎にたくろう節があるように、大瀧詠一にも大瀧節があるのです。
彼の曲は、聴けば一発で大瀧詠一の作曲だと分かります。
「冬のリビエラ」「怪盗ルビィ」「バチェラー・ガール」・・・などなど。
1950~60年代の洋楽を聴いていた彼には、その頃の音楽が染みついているのでしょう。
2011年に「ロング・バケイション」の30周年記念盤が出たときには、はっきり言ってびっくりしました。
「ロング・バケイション」だけでも何枚出したのでしょう。
もちろん、名盤なので買いたい人はいるでしょうけど、音楽業界で彼の活躍の場はいまだ「ロング・バケイション」だったわけです。
でも、これだけは言えます。
私の邦楽のベスト・アルバムを選ぶとしたら間違いなく「ロング・バケイション」です。
これから先もこのアルバムを超えるものには出会わないでしょう。
記憶に残らない80年代アイドルの曲
「あまちゃん」はやたら懐古趣味で、80年代のアイドルがすごかったような、みんな夢中だったような感じに放送していますが、松田聖子と中森明菜・小泉今日子以外のアイドルの曲はほとんど知りません。
しかも、ほとんどが一発屋。
松本伊代は「センチメンタル・ジャーニー」
早見優は「夏色のナンシー」
浅香唯は「C-Girl」
元アイドルとして出てくるけど、堀ちえみの曲はタイトルも出てこない。
石川秀美も同様。
おニャン子クラブが出てきてからは、ヒットチャートがめちゃめちゃ。
はじめはグループで売っていましたが、彼女たちが人気出てソロでシングルを出すようになってからは、日本の歌謡界が駄目になった。
いい曲でないのに人気だけでレコードが売れるものだから、上位にランクされてもすぐに落ちる。
しかし、ベストテン番組には常連で出てくる。
彼女たちの曲の中で、記憶に残るのは「セーラー服を脱がせないで」だけ。
この頃は、歌いたくなるようなアイドルの曲はありませんでした。
しかし、アイドルの曲以外ではいい曲がありました。夢中で聴いたレコードもあります。数は少ないですが・・・。
1980年代、最も聴いたアルバムは大瀧詠一の「ロング・バケーション」
稲垣潤一の「246:3AM」
レベッカの「レベッカⅣ」
河合奈保子の「スカーレット」(彼女はアイドルですが、これは彼女の作品なので別格です)
どちらかと言えば洋楽が好きだった私は、アメリカのヒットチャートを追いかけていましたね。それも、1987年で終わっていますが・・・。
1990年代カラオケブームに乗って、ミリオン連発だった日本の音楽業界も今は勢いがなく、やたらAKBを持ち上げてすがっている様子。
本当のヒット曲は生まれていません。
私は青春時代に本当に良い曲に出会えた。今でも、昔の曲を聴いているだけで十分幸せな気分になれます。
わが青春の洋楽 回想記
今日は、ぼやきネタではありません。
NHKBSで「日本人の愛する洋楽アーティスト50」なる番組が放送されるというので、録画予約をして、今見ています。
私は、今は日本の情勢やフィギュア・スケートに興味があり、超現実的な生活振りですが、かつては映画と音楽(青春時代は特に洋楽)に夢中でした。
7つ上に姉がいた関係で、小学生の頃から洋楽に親しんでいました。
初めて聴いた洋楽のレコードは、ピンキーとフェラスの「マンチェスターとリバプール」
日曜日には、文化放送のラジオから流れる「ユア・ヒット・パレード」の番組からいろいろな曲を聴きました。
その頃は、ビートルズもサイモン&ガーファンクルも解散前。
ビルボードとは違った日本ならではのヒットチャートだったと思います。
ショッキング・ブルーの「悲しき鉄道員」、ジェリー・ウォレスの「男の世界」・・・。
自分で初めて買ったシングルレコードがカーペンターズの「イエスタデイ・ワンス・モア」
自分で初めて買ったアルバムは「サイモン&ガーファンクル ベストパック20」
その後はエルトン・ジョンのベスト盤や「ロック・オブ・ザ・ウェスティーズ」
ビートルズの赤盤
サントラ盤は「アメリカン・グラフィティ」「小さな恋のメロディ」
イーグルスの「グレイテスト・ヒッツ」「ホテル・カリフォルニア」
ディープ・パープルの「マシン・ヘッド」
アバの「グレイテスト・ヒット24」
レッド・ツェッペリンの「狂熱のライブ」
ピンク・フロイドの「狂気」
エアロスミスの「ロックス」「ドロー・ザ・ライン」
ローリング・ストーンズの「ベスト・セレクション」
ドゥービー・ブラザーズの「ベスト・オブ・ドゥービーズ」
ビリー・ジョエルの「52nd Street」
今の若い人には信じられないでしょうが、レコードは年月が経っても値段が下がらないものでした。自分のお小遣いから考えて、とても高価だったので、お得感のあるベスト盤をよく買いました。
これらのアルバムは、本当によく聴きました。未だに捨てられません。
レコードはこの後、レンタル出来る時代になりました。それでもFMでエアーチェックという最もお金のかからない方法で音楽を録音して聴いたものです。
それに費やす情熱たるや、今のフィギュア・スケート熱よりすさまじいものがありました。
FMステーションなる雑誌を購入して、番組をチェックしては,オーディオタイマーをセットして録音。
ダブルカセットのコンポで録音した番組を曲のみに編集。
カセットのインデックスカードを作っては、通勤中に聴きながら曲とアーティスト名を頭に入れる。
80年代は本当に良い曲が目白押しでした。
私が中年になって、CDをお金が出来たとき、新しい曲を聴く情熱は失せていました。演歌がかつてそうだったように、今の曲を聴いても同じように聞こえてしまう。アーティストにも個性を感じません。
私の夢中で聴いていた洋楽アーティストはこの「日本人の愛する洋楽アーティスト50」という番組にすべて登場していました。
1位がクイーンっていうのは意外ですね。
日本でのレコードセールスの観点から言えば、60年代はビートルズ、70年代はカーペンターズ,80年代ではマイケル・ジャクソンが一番でしょう。その後は知りません。私の洋楽は1987年で終わっています。
しかし、私は今聴いてもすごいと思うアーティストは、レッド・ツェッペリンですね。
あの演奏とヴォーカルは他のアーティストがまねできないレベル。レコードよりライブが良いというのは、ツェッペリンが一番でしょう。
パフォーマンスなら、何と言ってもマイケル・ジャクソン。スリラーのPVは完成度がすごい。
単独のアルバムなら、ピンク・フロイドの「狂気」。こんなアルバムが40年前に出来ていたことがびっくりです。
ここで少しぼやきを・・・。
NHKさん、企画はいいのですが、ランキングの合間に入るタレントのインタビューはいりません。
番組で使っている曲もいまいちでした。代表曲とは言い難い曲が数多くありましたよ。
| ホーム |







