アメリカ旅行回想記⑪
宿泊場所はモニュメント・バレーです。
もう、何かその雰囲気が感じられてきます。ところが、時間が経つにつれて雪景色が・・・。
宿泊先は「ザ・ビューホテル」・・・・色も赤茶色で、景色に溶け込んでいます。
ホテルの目の前は正に西部劇の世界!!
着いたのが夕方だったので、あっという間に日没を迎えました。
調度品はナバホ族の雰囲気。
ホールにも・・・。
揚げパンのようなものがついてきます。
他にもサラダとステーキを注文。
結局残ってしまい、ドギーバッグをもらって翌朝の食事にしました。
部屋でカウントダウンを待つことにします。
部屋のみをしながら・・・・。
これはTVの画像。
FOXテレビがNYのタイムズスクエアでカウントダウンの中継をしています。
ナンシー・オデールさんって有名な人なんでしょうね。
カウントダウンライブ。
どこも新年のお祝いは賑やかにやっています。
翌日は、初日の出を見るために早起きしないといけません。睡眠時間が短くなるなあ・・・。
アメリカ旅行回想記⑩
さて、2010年の大みそかはラスベガスを離れてアリゾナ州へと向かいます。どうして、新年をラスベガスで迎えなかったのか・・・それは宿泊費が高くつくからです。(主人がそういう理由で決めた)
その日、トスカニーに大きな荷物を預け、1泊できる荷物だけ持って出かけました。
5時半過ぎに観光会社の人が迎えに来てくれました。その方は日本人女性で、ドライバー兼観光案内役です。
我々のほかにカップルが二組、計8人での観光です。
ラスベガスを離れ、アリゾナ州に入った途端、時間が進みます。ネバダとの時差が一時間。
先の記事で書きましたが、列車が長々連なっています。
赤い土の山が見え、最初の観光地に着いたのは昼過ぎ。
レイク・パウエル。今でこそ、ここは有名になって、日本のツアーでも旅程に組み込まれることが増えましたが、私はそれまでここの場所を知りませんでした。
人工のダム湖です。
ビジターセンターのようなところから少し眺めただけ。
次は、ホースシューベンド。名前の通り、馬蹄の形。
次に向かったのは、これも観光スポットとして有名になりすぎたアンテロープ・キャニオン。
ここはかつて鉄砲水で犠牲になった方がいて、追悼の碑がありました。だから、こんな看板も。
アンテロープ・キャニオンにはアッパーとローワーがありますが、我々一行はローワーの方です。
こんな風に入っていきます。
よくこんなところ見つけましたね、という狭さ。これ、アメリカの肥満体型の方は入れないと思いました。
階段を降りていきます。
昔、ここで子どもたちがかくれんぼしていたんだって。
これはすごいところを観光しました。この時の観光客は少なくて、我々以外は二組くらいだったのですが、今はたくさん来ているでしょうね。
アメリカ旅行回想記⑨
街ごと全部テーマパークというべきラスベガス。
でも元は砂漠。冬は乾燥がすごく、気温も低いです。外に出た途端震え上がるほどでした。
トスカニーの部屋を出たところ。
プールもあります。
トスカニーは本当にお勧めホテルです。
けちけち旅行を心掛けてる私たちですが、いろいろなホテルのバフェ(ビュッフェ)を楽しもうということに。
どこのホテルも朝食が一番安いです。
トスカニーをでて、まっすぐ西に進むとストリップの中心に位置するホテル、ベラッジオが見えてきます。
ここは噴水ショーと「O(オー)」のショーをしているホテルです。
その日目指したのは、ベラッジオの向かいのホテル、「パリス」。エッフェル塔がお出迎え。
「ル・ヴィレッジ」というレストランですが、フランスの街並みを再現しています。雰囲気がよく、行列ができていました。
こんな中で食べるのって素敵でしょう。
チーズとデザートの種類が豊富。
次に目指すは「サーカス・サーカス」
このホテルはよく日本のツアーで使われますが、格安です。最近は中国人の客が増えているとか。
ここに来た理由は室内の遊園地で遊ぶためです。
このコースターは最後、水の中に飛び込みます。
私と主人は乗り物には乗らずひたすら子どもが遊び終わるのを待つ。
途中で気がつきましたが、隣のホテルまでがとにかく遠い。ホテルが大きいものだから、これは歩いてばかりでは体がもたない。
私たちが利用したのはストリップを行ったり来たりしているデュースというバス。2階建てのバスです。
停留所は各ホテル前。一日券もそこで売っています。7ドル。しかし、バスが頻繁に来るわけではないので、待つより歩いたほうが早いなんてこともありました。
夜は無料のショーを見に「ティー・アイ」に行きました。海賊船バトルのショーです。たくさんの観光客が開演を待っていました。
こんな看板を発見。
開演直前、中止のアナウンスがありました。強風のためだって。こんなこともあるんですね。
夕食は「プラネット・ハリウッド」の中にあるレストランで食べました。
暗くて写せませんでしたが、カクテルのグラス(?)が巨大でした。お土産に持って帰れるということでしたが、壊れそうなのでもらわずに帰りました。
サラダですが・・・・暗くてわけわかりませんね。
Vシアターはマジックショーをしています。
スタバのコーヒーはSサイズでも日本のMサイズ。
「ルクソール」の中。ピラミッドの頂点から光がまっすぐ上に放たれていました。
とにかく、歩きました。途中で主人の万歩計を見たら18000歩を記録していました。おそらく20000歩は歩いたはずです。
翌日はラスベガスを離れてアリゾナ州の方に行きます。5時半に観光会社の担当者がホテルまで迎えに来るのでさっさと荷物をまとめておかないといけません。
気の毒な富田選手
競泳の富田選手が有罪判決を受けたそうです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150528-00000055-wow-spo.view-000
あんなの証拠不十分ですよね。
日本じゃ、あれで有罪なんてあり得ない。
しかし、隣国は証拠なんて関係ない。
日本人が悪いということになったらそれでよし。
罰金刑で11万円払わなければならないということですが、庶民だったら11万円は痛すぎ。
わずかに思えるお金でも払いたくない。
富田選手はなくなく払うんでしょうね。
気の毒すぎます。
アメリカ旅行回想記⑧
旅行は半分終了しました。
LAでの6日間は全く雨が降りませんでした。しかも、冬とは思えないほど温暖でした。
滞在中、よく自分の中で「カリフォルニアの青い空」(アルバート・ハモンド)の曲が流れていました。
”It never rains in California”~ってね。
でも、私たちが行く直前は毎日大雨だったらしいんですよ。何と運のいい!!
7日目は移動日です。日本人がほとんど利用しないと思われるグレイハウンドバスでラスベガスまで行きます。
治安が悪いと評判のところでしたが、全くそんな感じはありませんでした。柄の悪そうな客もいなかった。
バスの運転手さんは黒人男性でした。
郊外に出ると、もう砂漠地帯という感じ。
途中でトイレ休憩&昼食の場所(ドライブイン)に寄ります。
そこの「パンダ・エクスプレス」という中華料理のファストフード店が気に入りました。
たくさんの料理の中から3点好きなものをチョイスするというものでした。かつて日本にも進出していたようですが・・・。
途中、列車が通るのを見ることがあったのですが、あっちの列車の長いのに驚きました。20両以上はつながって走っていました。
これまたびっくりなのが電柱が昔ながらの木の柱なんですよ。アメリカのインフラ整備もこれからいろいろ大変でしょうね。
約8時間かかってバスはラスベガスのダウンタウンに着きました。
ダウンタウンで有名な無料アトラクションがフリーモント・ストリート・エクスペリエンス。ここのアーケードの部分に映像が映し出されます。
この日はゾンビーズの「二人のシーズン」の曲に合わせて、サイケデリックな映像が流れていました。
その周辺で食べたオニオングラタンスープとプライムリブ。
さてさて、初日のホテルはトスカニー・スイーツ&カジノ。
ストリップから少し東に入ったところです。どうしてここにしたかと言えば、もちろん安かったから。
当時のレートで一部屋3000円台でした。ですから、奮発して二部屋利用です。
どんなにぼろいところかと思うでしょう。
それがいたって普通でした。いや、ウェスティン・ボナベンチャーより広くて快適。
ベッドを一人占めできる!!
何とキッチン付き!!
リビングあり。
バス・トイレ別々。
総じてラスベガスのホテルは安いです。カジノでお金を落としてもらうように作ってあるから。
次の日はラスベガスの街を歩きます。
アメリカ旅行回想記⑦
LA実質最終日。
この日、長女はユタ州の大学に通っている知り合いの男性と出かけると言います。行く前からそのことは聞いていたので、まあいいかと思っていました。(この男性は長女の現夫)
主人と私と二女は、だらだら過ごしました。
ホテルから一番近いスーパーでお買物。
行ったのは「ラルフス」というスーパー。
またまたイチゴを買っています。このイチゴの味、どうでしたかね~。忘れました。
チーズケーキ。賞味期限が長かった。甘くて美味しくない。
ばらまき土産の数々。
写真右のグミは幼虫の形。アメリカ人、グミ好きみたいですよ。いっぱい種類がありました。
WONKAのチョコも売っていましたよ。写真一番左なんですが、わかりにくいですね。
主人はホテルのマシーンで体力づくり。
長女はなかなか帰ってきません。
夜はホテル内の中華料理屋で食べました。
これも相当なボリュームでした。味は普通。
その日、長女はディズニーランドに行ったそうです。この時、一緒に行った男性が息子になるなんて想像できなかった。
アメリカ旅行回想記⑥
LA5日目後半。
ロサンゼルス郡立美術館へ。
バスに乗った時に家族はバラバラで座ったのですが、主人は隣に座った人に話しかけられて、郡立美術館に行くことを話すと、
「君は中国人か?」
そう聞かれると、何を思ったのか主人は否定せず。
「あ~、それじゃ日本を褒めると君は怒るかもしれない。あそこは日本館が素晴らしいんだ。」
と言ったんだそう。
バスを降りてから、その話を聞いて日本館の期待を膨らませました。でも、どうして主人は自分を日本人だと言わなかったのでしょう。
ここの美術館はアメリカ美術館・日本館・ブロード現代美術館など、5つの建物でできています。
街灯がたくさん並ぶ中庭。
館内は撮影可でした。
う~ん、現代美術は解釈が難しいな・・・。
ロイ・リキテンシュタインの作品
モディリアーニの作品。
マリー・アントワネット。
さて、地元の方が褒めちぎっていた日本館ですが、期待外れでした。ガイドブックには葛飾北斎の作品が展示してあると書いていましたが、ありませんでした。時期がずれていたのでしょう。
美術鑑賞が終わると次はファーマーズマーケット。美術館とファーマーズマーケットは結構近い場所にあるのです。
少し、日が暮れかけてきました。
これがファーマーズマーケットの塔。
これが、市場的なマーケットの部分。
周りの店もおしゃれ。
ファーマーズマーケットの隣に「ホール・フーズ」というスーパーがありました。
ここで惣菜を買って帰りました。
バスに乗っていると、これまた老婦人が我々の「ホール・フーズ」の紙袋を見て、
「これ、どこで手に入れたの?」と聞いてきましたが、答えられませんでした。
醤油はキッコーマンでなくて、ヤマサですね。
味はまあまあでした。
海外に行って一番楽しいのはスーパーでの買い物です。「ホール・フーズ」が有名な店だというのは帰国してからわかりました。
アメリカ旅行回想記⑤
LA5日目はハリウッド散策です。
地下鉄に乗ってハリウッドまで行きました。
歩道には映画やテレビ、音楽で活躍したスターの名前が入った星型が並んでいます。これ、ウォーク・オブ・フェームって呼ぶんだそうです。
ハリウッドのシンボル的な壁画
マリリン・モンロー(多岐川裕美にそっくり)
チャイニーズシアターです。
コスプレ好きの人たちの姿が見られます。
シアターの前には、映画スターの足形がたくさんありました。
ディズニーストアの中でケーキを注文。
ハリウッド博物館に入ろうと思っていたら、休館日でした。ガイドブックには年中無休とありましたが・・・。
蝋人形館とハリウッド・ギネス博物館に入ることに。チケットは二館セットでお得になっていました。
蝋人形館はお台場にあるマダム・タッソーのようなもので、中の撮影は許可されています。
ギネス博物館は世界一○○な人が展示されています。そのパネルに伊藤みどりさんがいたんですよ。(パネルの写真は撮っていません)
入るとすぐにマイケル。
世界一小さなご婦人?
博物館以外はお土産店がたくさんありました。観光地だからですよね。
中学・高校の時にここに来ていたらもっといたいと思ったでしょう。しかし、意外と長居したいとは思いませんでした。
次は昼食。
地元では有名らしい「イン・アンド・アウト・バーガー」
店内は満員。我々は、この写真のポストのようなものの上(実はこれ、新聞を売るためのボックス)にバーガー類と置いて食べましたよ。
ここのバーガーのメニューはいたってシンプル。シングルかダブルかトリプルか。冷凍物を使わないというのが特徴。ポテトはじゃがいもをその場でカットして揚げていました。
娘たちは前の日もハンバーガー。「ジョニー・ロケッツ」の方が美味しかったらしい。
その後、私たちは美術館へと向かいました。
アメリカ旅行回想記④
サンタモニカとユニバーサル・スタジオに行ってずいぶん満足しました。
4日目は娘たちと別行動。
私と主人はファーマーズマーケット。娘たちはメルローズでお買物。
その日の交通手段はバスでした。
LAが普通なのか、日本が異常なのかわかりませんが、バスのアナウンスで停留所名を全く言わないのです。
やたらに「ストップリクエストしてね」と言うのに、停留所の名前を言わないというのは、元々停留所というものが存在しないのかとさえ、思ったほどです。
だから、主人の勘だけを頼りに降りなければなりませんでした。
しかも、降りる前にボタンを押すのではなく、何とロープ!!窓の上方にロープが張ってあってそれを引っ張るというものなんです。
動物的勘というか、主人の勘は見事で降りる場所は間違っていませんでした。
娘たちとは別れて、ファーマーズマーケットまで歩きました。
なかなか到達しないので、途中、停留所らしき場所で休んでいると、白人の老人が声をかけてきました。
「今日はここで待っていても、バスは来ないよ。どこに行くんだ。」
ファーマーズマーケットだと答えると、すごく嬉しそうに言いました。
「あそこはいいところなんだ。ここをまっすぐに行くとあるよ。」
フレンドリーなおじいさんでした。
ファーマーズマーケットは市場というイメージでしたが、まるで違っていました。小奇麗なショッピンング・モールというイメージ。
音楽に合わせて噴水が上がったり、エリア内を電車が走っていたり、想像以上に楽しめました。
思ったよりいい場所だったので、二日後にまたファーマーズマーケットに行ったほどです。
娘たちは主に洋服を購入。
彼女たちの昼食はハンバーガーだったのですが、とても美味しかったそうなので、紹介しておきます。
「ジョニー・ロケッツ」というハンバーガー屋さんです。チェーン店だそうですが、ガイドブックには載っていませんでした。
翌日の昼食は私たちもハンバーガーだったのですが、娘たちに言わせると、ここの方が美味しかったらしいです。
以下はメルローズの街並み。人が少ないですね。
何やら怪しげなお寿司屋さん。日本人がやってるのかしら。
ファーマーズマーケットの写真は後ほど。
帰りのバスも行きと同じく、停留所名を一切言ってくれませんでした。ダウンタウン行きのバスに乗り、
「あ、僕らのホテルが見えてきた。もうすぐ降りよう。」・・・・て、こんな感じ。
実は危なかったんです。娘たちがなかなかホテルに帰ってこないので、心配しました。
女性は地理に弱い。降り場所を間違えたらしく、長い間歩いたそうです。
治安はよくなったとはいえ、夜は油断禁物。若い女二人(当時、15歳と20歳)を野放しにしてはいけません。ホテルまで無事に帰れたのは運が良かっただけで、現地で合流すべきでした。
反省反省。
アメリカ旅行回想記③
LA3日目は、ユニバーサル・スタジオです。
地下鉄に乗っていくことにしました。この地下鉄というのが、おかしかった。
チケットを売り場で買いましたが、改札がありません。写真にあるように改札に見えるのは、前に進むとバーが回転するもの。
中で検札があるのかと思いきや、それもありません。
それじゃ、降りたときに検札があるのかなと思いましたが、結局何もなかった。下手したら、ただ乗りされてしまう。よくこのようなシステムにしたなあと思いました。
当時の州知事はシュワちゃん。で、地元の新聞の一面に「LAの犯罪が1960年のレベルまで下がった」とありました。LA市民を信用しているからこうなのかな?
もやもやしましたが、無事にユニバーサル・シティ駅で降りました。
ユニバーサルへの無料シャトルバスがあるということでしたが、乗り場がなかなか見つかりませんでした。
ほかの観光客らしい人たちもいなくて、苦労しました。そこらにいる人に聞きました。
チケットをトラベラーズチェックで払おうと思いましたが、パスポートを見せなくてはなりませんでした。ホテルの金庫に入れたままだったので、現金払い。
この日は12月25日。
観光客はアジア系の人、スパニッシュ系の人が大半のような気がしました。
日本にはないアトラクションを楽しむことにします。
印象に残っていません。
何といっても、ここで欠かせないのは「スタジオ・ツアー」
トム・クルーズの主演作「宇宙戦争」での一場面だそうです。飛行機が落下、炎上しています。
途中で、「大地震」の映画での地下鉄の洪水、大迫力!!
バスがトンネル内で止まって、ティラノザウルスVSキングコングの戦いのシーンを見たのがこれまたすごい迫力で、これはお値打ちのアトラクションになっています。
最後の最後、クリスマス仕様のダンス&歌で盛り上げてくれましたよ。
トランスフォーマーのロボット。
クリスマスのチキンはフライドチキン。ジュースを注文すると、空のボトルをくれます。自分で好きなジュースを入れるシステム。…つまり、飲み放題。
USJだと最後までいようと思うのですが、さすがにこの日は夕食をまともに食べようと早めに出ました。
ホテルまで徒歩で帰れる場所での食事。
パンは山盛り。リブステーキはわらじのようで皿からはみ出る勢い。
そして、マッシュポテトとコーンがこれまた皿に山盛り。
隣の日本人らしいカップルも辟易していました。
食べられる量ではないのです。店の人がパンを紙袋に入れて持たせてくれましたが、これまた大量。
写真がなぜかありません。(残念)
記事とは無関係ですが、あちらのファミマです。






































































































































































